福岡高等裁判所 昭和39年(ネ)184号 判決 1964年8月06日
理由
一 別紙目録記載の不動産が、元被控訴人の所有であり、同不動産について、昭和三六年八月一一日熊本地方法務局宮原出張所で受付第二、五六〇号をもつて、同月一〇日売買予約を原因とする被控訴人名義の所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、さらに同不動産について、昭和三七年五月一六日同出張所受付第一、一九九号をもつて、同月一五日売買を原因とする右仮登記に基づく所有権移転の本登記がなされていることは、当事者間に争いがない。
二 控訴人は被控訴人に対して、右の売買予約及び売買契約をなしたことはなく、また右の仮登記及び本登記をなしたことはないと主張し、被控訴人は、別紙目録記載の不動産は、控訴人から訴外開田義之に売渡され、同訴外人から被控訴人に譲渡されて、同訴外人の同意を得、中間登記を省略し、控訴人から直接被控訴人へ、本件の登記がなされたものであると主張するので判断する。
(証拠)を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。すなわち、
控訴人は合名会社畑田鉄工所を設立して、その代表者たる業務執行社員となり、昭和二八年頃から本件不動産並びにこれに備付けた機械器具その他工場用の物件をもつて、鉄工所を経営していたが、昭和三六年四、五月にいたり、経営不振に陥いり、これより先前示合名会社のため株式会社肥後銀行に対し、控訴人所有の前示不動産及び動産を、工場抵当法第二条第三条に基づいて根抵当に供し、同銀行との間に債権元本極度額金八〇万円の根抵当権設定の登記を経て、控訴人の姉婿開田義之の保証の下に、前示合名会社が同銀行宮原支店から借用した金九〇余万円と、控訴人が右開田義之から融資を受け借用した金二〇〇万位、買掛代金債務金三〇〇万円位の債務を負担するにいたり、ことに肥後銀行宮原支店は、右貸付金の取立てにかかり、返済を遅滞するときは、前記根抵当権に基づいて抵当物件を競売する旨申入れてきたので、控訴人は開田義之及び妹婿にあたる被控訴人に協力を求めたので、協議の末競売を取り止めるべく、その頃控訴人への融資者開田義之において肥後銀行の前示債務を引受けることとし、その引受の代償として、前示根抵当物件を譲渡担保にとつて、鉄工所の事業も引継ぎ経営することに内定したが、開田義之は全然鉄工所経営の経験がないので、被控訴人が開田義之の協力を得て畑田鉄工所の事業を経営することに変更し、被控訴人は有限会社有佐工業所を設立主宰して、同会社において経営に当ることとなり、開田義之から更に前記譲渡担保物件の譲渡を受けることにしたが、本件不動産及び前示機械器具類等の動産は、肥後銀行に対する第一順位の根抵当権の他、訴外中川精喜に対し債務極度額金二〇〇万円の第二順位の根抵当権を負担し、その設定登記が経由されていることと、控訴人及び前示合名会社が前記のように多額の債務を負担していることよりして、被控訴人は鉄工所経営の基盤ともいうべき本件不動産が、競売などによつて他人の所有に帰することを危惧し、開田義之の勧めもあつて、控訴人から印鑑証明書・登記申請のための委任状の交付を受け、昭和三六年八月一一日控訴人とともに司法書士柿本敏行を登記申請代理人として、本件不動産につき前示の所有権移転請求権保全の仮登記(中間省略の仮登記である)をなし、同年九月合名会社畑田鉄工所の代表者である控訴人、有限会社有佐工業所の代表者である被控訴人、肥後銀行の代理人、開田義之の間において、債務者の交替による更改契約を締結し、畑田鉄工所が肥後銀行に対して負担する前示根抵当債務金九五万円全部を、有佐工業所が債務者となり引受け、畑田鉄工所の債務を消滅せしめ、畑田鉄工所の負担する債務額につき、同鉄工所に対すると同一の条件をもつて、肥後銀行の前記根抵当権を、有佐工業所の債務の担保として存続させることを合意し、被控訴人及び開田義之の両名は、肥後銀行に対し有限会社有佐工業所の債務について保証債務を負担したこと、(現在肥後銀行に対する債務は元利とも被控訴人において完済している)ところがその頃から控訴人は被控訴人に対し鉄工所は自分で経営するから返還せよと要求して、被控訴人との間に紛争を生じたので、開田義之、控訴人、被控訴人の三者間において、昭和三七年一月二二日前示売渡担保契約を確認する趣旨をも含めて、つぎの契約、すなわち、開田義之と被控訴人との尽力によつて、控訴人が代表社員たる畑田鉄工所の肥後銀行に対し負担する債務金九五万円を前示のとおり更改契約により消滅させ、かつ開田義之と被控訴人とが新債務者有限会社有佐工業所のため、保証債務を負担したことの代償として、控訴人所有の前記根抵当物件を、控訴人から開田義之に対し売渡担保として譲渡する。鉄工所は被控訴人において責任をもつて経営する。控訴人は昭和三八年一二月三〇日までに右譲渡物件を買戻すことができる。以上の契約をなしたこと、そして開田義之は前記のとおり有限会社有佐工業所名義をもつて、前示根抵当物件を使用し鉄工所を経営していた被控訴人に対し、本件物件を譲渡したので、その登記は中間者である開田義之の同意を得て、昭和三七年五月一六日に、控訴人から被控訴人に対し、同月一五日の売買を原因とし、前示仮登記に基づく所有権移転の本登記を経由したこと。
以上の事実が認められ、この認定に反する原審及び当審控訴本人尋問の結果は、前挙示の証拠と対照し信用しない。また他に右認定を動かすなんらの証拠もない。
三 以上の認定によると、控訴人から昭和三八年一二月三〇日の買戻し期限内はもち論、現在まで買戻権を行使したことの主張立証のない本件において、控訴人の本件仮登記及び所有権移転登記が、偽造文書によつてなされた登記原因を欠如する無効のものであるとして、その抹消登記を求める請求は、到底失当であつて排斥を免れない。
もつとも、前示更改契約によつて債務を免れたのは、訴外合名会社畑田鉄工所であり、新たに債務を負担したのは、有限会社有佐工業所であつて、開田義之及び被控訴人は同会社のために保証人となつたに過ぎず、しかも控訴人所有の本件不動産を含む前示根抵当物件は、依然旧債務の限度において、新債務のため、根抵当権を負担する関係にあることは、前認定に徴し明白であるけれども、かかる事実関係において、畑田鉄工所の代表業務執行社員たる控訴人が訴外開田義之に対して、買戻し約款付で根抵当物件を売渡担保に提供することは、契約自由の原則上当然なし得るところであり、また、前示のとおり中間者の同意を得て中間登記を省略してなされた仮登記に基づいて、更に右中間者の同意を得て、その所有権移転の本登記をなし、この本登記が前示のとおり実体上の権利関係に符合するときは、この登記は有効であるから、右仮登記及び本登記の登記義務者である従前の所有者(中間者の前主)たる控訴人は、これら仮登記及び本登記の抹消を求め得ないことは、論をまたない。